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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)4152号 判決 1988年4月25日

原告 大阪府建具協同組合

右代表者代表理事 樋口四郎

右訴訟代理人弁護士 森田宏

被告 株式会社 協和銀行

右代表者代表取締役 山中鉄夫

右訴訟代理人弁護士 中村健

同 中村健太郎

主文

一  被告は原告に対し金一九三万七五〇〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月三日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余は被告の各負担とする。

四  この判決は、原告において金六〇万円の担保を供したときは、主文第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一  原告は、「(1)被告は原告に対し金三八七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。(2)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  原告は被告との間に昭和五八年一一月八日当座勘定取引契約を結び、原告振出の手形を原告の計算において被告銀行大国町支店に対する当座預金から支払をすることを委託し、被告は右契約により予め原告が提出する印影と手形の印影とを照合し両者が符号する場合に支払担当者として原告のために該手形の支払をする義務を負担すると共に、偽造にかかる手形については手形交換所の定めに従い所定の手続をとる義務を負担することとなった。

二  しかるに、被告は右義務に違反し次の行為をなした。

1  別紙目録記載(一)の約束手形(以下「本件手形(一)」のように表示する。)について、右手形上の振出人欄の印影と前記振出印影は大きさ・刻印文字ともに異なり肉眼でもその判別は容易であって支払をしてはならないにもかわらず、被告は昭和五九年七月三一日原告の当座預金より右手形金一〇〇万円の支払をした。

2  本件手形(二)について、右手形は振出人名義が原告ではなく「大阪府建具組合連合会」となっており、右手形上の振出人欄の印影と前記提出印影は大きさ・刻印文字ともに異なり肉眼でもその判別は容易であってその支払をしてはならないにもかかわらず、被告は昭和五九年一〇月二日原告当座預金より右手形金四二万八〇〇〇円の支払をなした。

3  本件手形(三)ついて、昭和五九年一〇月一日訴外有限会社大証企画より取立委任を受けた訴外第三相互銀行大阪支店から、また、本件手形(四)については、右同日訴外末広商事株式会社より取立委任をうけた訴外大阪商業信用組合本店営業部から、それぞれ大阪手形交換所における手形交換の方法により支払のため呈示をうけたものであるが、右各手形の振出人欄は原告名義となっているものの原告提出印影とは全く異なる印影があり、原告からも右各手形はいづれも偽造されたものである旨申出をしているにもかかわらず、被告大国町支店長金沢義明は原告組合の鎌田・樋口両理事に対し右各手形は手形としての要式を備えており当座預金残高が不足しているので両手形とも預金不足の理由で不渡処分(いわゆる一号不渡)となり、原告の信用が失墜する旨通告し、被告が右不足分を即日貸付けに応じるので右借入の申入手続と原告振出の同額の小切手を交付するよう指示し、原告組合理事らは緊急の場合であり被告銀行の支店長の説明でもあるので不渡処分を避けるため止むなく右指示のまま手続に応じ金一〇〇万円を他の預金より振替えると共に被告より金二九八万〇九〇七円を即日借受け右当座預金に入金した。しかし、被告は右手形は支払をせず、原告が振出し交付した同額の小切手によって右当座から出金した上で前記手形二通を決済した。

ところで、被告の従業員は当座取引契約の履行に当たっては、銀行員として手形交換に関する実務については精通して事務を処理すべき注意義務があり、大阪手形交換所規則によれば「偽造」と預金不足の事由が重複したときは偽造の不渡理由によって返還すべきであって本件の場合は前記手形がいづれも偽造であると原告が主張しているのであるから、偽造の理由による同手形交換所規則所定の異義申立手続をするべきであるのにこれを怠り原告に誤った指示をして結局偽造手形の支払をさせたもので、右は当座取引契約上の債務不履行となる。

三  原告は被告の前記債務不履行により別紙目録記載の各手形の額面金額相当の損害を被ったが、原告組合事務局長宮崎靜雄(以下「宮崎」という。)より昭和五九年一一月一日金一〇〇万円の弁償を受けた。

四  よって、原告は被告に対し別紙目録記載の手形額面合計額金三八七万五〇〇〇円及びこれに対する最終の支払日の翌日である昭和五九年一〇月三日以降完済まで年六分の割合の遅延損害金の支払を求める。

第二  被告は、「(1)原告の請求を棄却する。(2)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求の原因事実に対する認否及び主張として次のとおり述べた。

一  被告の認否

1  請求原因一項について

同一項のうち、原告が被告との間で昭和五八年一一月八日当座勘定契約を締結し、被告に対し、原告振出の手形(小切手)を原告の計算において被告大国町支店における原告の当座預金から支払をなすことを委託したこと、被告は右支払をなすにあたり原告届出の印影と手形の印影とを照合する義務のあることはそれぞれ認めるが、偽造にかかる手形についての原告の主張は争う。

2  請求原因二項について

(一) 本件手形(一)について、手形の振出人欄の印影と届出印影が刻印文字、大きさともに異っていること(但し、記名判は届出のものと同一)、被告か原告の当座預金より右手形金一〇〇万円の支払をなしたことはいずれも認めるが、右両印影の判別が容易であることは争う。

(二) 本件手形(二)の振出人名義が「大阪府建具組合連合会」であること、右手形の振出人欄の印影が前記届出の印影と異っていることはいずれも認めるが、右手形金を原告の当座預金より支払った事実は否認する。

(三) 本件手形(三)(四)が、昭和五九年一〇月一日、原告主張の各金融機関から大阪手形交換所における手形交換の方法により支払のため呈示されたことは認めるが、請求原因二項3において原告が主張するその後の事務処理の経過は否認する。また、被告の事務処理に対する債務不履行の主張は、これを争う。

但し、右事務処理の過程において、原告が他の預金から金一〇〇万円を振替えるとともに被告より金三〇〇万円を借り入れ、それぞれ原告の当座預金に入金(但し、右借入分については一ケ月分の利息を控除した金二九八万〇九〇七円)した事実および原告が本件手形(二)(三)(四)と各同額の小切手を振出して右手形と引換え、右当座預金から出金した上、右三通の手形を決済した事実(原告は右(三)(四)の手形を決済したというが、右(二)の手形も同様である)はある。

3  請求原因三項について

原告が宮崎より昭和五九年一一月一日金一〇〇万円の支払を受けたことは認める、その余の事実は争う。

4  請求原因四項は争う。

二  被告の主張

1  被告の原告主張に係る債務不履行責任の不存在について

(一) 原告と被告との取引関係等

(1) 原告は、被告(大国町支店)との間において、昭和四二年七月より現在まで普通預金取引を行っているものであるが、その間、被告は昭和五八年一一月八日原告との間に当座勘定契約を締結し、原告振出の手形・小切手を被告大国町支店における原告の当座預金から支払いをなす事務を処理して来たほか、同年一二月一九日銀行取引契約を締結し、原告に対する融資も実行して来た。また、原告に関連する預金取引として「大阪府建具組合連合会」および「大阪府建具共助会」の名義の各普通預金の取引を、昭和四二年八月から継続して行っている。

(2) 原告は大阪府の建具業者をもって組織する協同組合で、原告の事務所には事務局長及び女子職員が常勤して原告の事務を処理していた。事務局長である宮崎は、原告の事務および経理全般の責任者であり、原告代表者より原告の預金の出し入れ、手形、小切手の振出および借入等の銀行取引をなす権限を与えられ、その任にあたって来たものである。したがって、原告の当座預金取引や手形・小切手帳の管理、その振出等はすべて宮崎において行って来たものであって、原告の銀行取引に関してはもっぱら同人が被告大国町支店に来店し、原告の理事が来店することはなかった。

(二) 本件手形の処理の経緯

(1) 本件手形(一)につき

昭和五九年七月三一日交換呈示され、被告において原告の当座預金から支払った。右手形上の振出人欄の印影は届出の印影と異っていたが、被告担当者は印影の照合にあたり右相違を判別し得なかった。ただ、右印鑑照合に際し、被告担当者に若干の不行届きがあったことは否定できないと思われる。

(2) 本件手形(二)(三)(四)につき

① 昭和五九年一〇月一日午前中に被告は同手形(三)(四)の手形の交換呈示を受けた。印影照合をしたところ手形上の印影が届出印と相違しており、また当座預金の残高も不足していたので、被告大国町支店の宇喜田次長は直ちに原告の事務局長宮崎に架電し、右印鑑相違および残高不足を連絡した。

② 同日午後一時半ごろ、宮崎が来店し、「本手形は発行したが、支払呈示されない筈のものである。相手方に連絡して対応するが、本日中の資金手当は間に合わない。しかし明二日朝九時三〇分迄に入金するからそれまで猶予願いたい。また印鑑は理事長に伝え押しなおす」旨申し出たので、右申出のとおり処理することとした。

その際、宮崎から「実は七月三一日決済の手形も印が相違しているが、今回の手形とあわせて届出印を押しなおす」との発言があったので、被告は前記の手形を印鑑相違のまま決済したことを発見した。そしてその後の一日夕刻、宮崎から資金手当が完了した旨の電話連絡があった。

③ しかるところ、翌二日午前九時一五分から二〇分ごろ宮崎が来店し、「資金手当も届出印の押印も不能となった。二通の手形は組合代表者に無断で振出し、知人に貸したものであり、本日資金不足で返還してほしい」との申し出があった。応対した被告大国町支店金沢支店長および宇喜田次長は驚き、右は原告の信用にかかわる重要問題であり、原告代表者の承認なしに措置できないことであったので、宮崎に対し、直ちに原告代表者に連絡して来店してもらうよう指示した。

④ 宮崎は直ちに被告支店長らの面前で原告の鎌田専務理事に架電して右事情の経緯を説明し、引き続いて宇喜田次長がかわって同理事に指示を仰いだ。その際、同理事から偽造による手形の返還方法について打診があったので、宇喜田次長は手形額面と同額の異議申立金を提供するか、右金員を提供しない場合には、所定の期間内に警察署等の被害届または告訴状の受理証明書等を添付して異議申立をする必要がある旨説明するとともに右意思の確認のためおよび不渡返還時限が切迫していたため、至急来店方を要請した。

⑤ その後間もなく、同専務理事から「理事長とも相談の結果決済するのですぐ出向く」旨の電話連絡があり、同日午前一〇時過ぎごろ、原告の樋口副理事長、鎌田専務理事が来店した。その席上で宮崎は、右原告代表者らに対し前記一連の経緯を報告するとともに「七月三一日決済の手形金についてはすでに弁済している。本日分は一〇月三一日までに全額弁済するので、組合において一旦決済してほしい」と懇請した。ちょうどその時本件手形(二)が交換呈示され、宮崎はこれについても自ら振出したものであることを原告理事長らに対して確認した。

しかるに、不渡返還の時限(同日午前一一時)が迫ったため、被告大国町支店の金沢支店長及び宇喜田次長は、原告代表者らに対し、右三通の手形につき警察署へ被害届または告訴状を提出して異議申立をするのか否かについてその処理方法の決定を仰いだ。これに対し、鎌田専務理事から、「右手形三通はすべて決済する。決済不足金については、被告から三〇〇万円の借入れをお願いしたい」との申出があり、被告もこれを了承した。

⑥ 被告は原告の右申出により金三〇〇万円の手形貸付を実行することとし、返済期日については原告代表理事らは宮崎に再度組合への弁済日を確認したうえ、同年一〇月三一日と定めた。そこで、被告は原告理事長より借入申込書及び手形を徴求したうえ、原告に対し金三〇〇万円の手形貸付を返済期日を同年一〇月三一日と定めて実行し、返済期日までの利息を控除した金二九八万〇九〇七円を原告の当座預金に入金した。なお、右返済期日は、右のとおり原告代表理事らが宮崎に対し原告への弁済予定日を確認したうえ、若干の余裕を置いて決定したものである。

次に、右三通の手形の決済方法として、原告理事長は各手形金額と同額の小切手を振出し、これを右手形と引き換え(手形は原告に返還)、原告の当座預金から決済した。これは本件手形(二)の振出人名義が「大阪府建具組合連合会」となっており、同名義の当座契約がなかったため、単に届出印を押捺するだけで処理することができず、小切手による差換えが必要であったことによるものである。

なお、右決済の資金については、右貸付金のほか、「大阪府建具共助会会長安藤一男」名義の普通預金口座から金一〇〇万円を、原告の当座預金口座へ入金して処理した。また、本件手形(二)の前記決済にともない、「大阪府建具組合連合会 会長酒井康雄」名義の普通預金口座から金四二万八〇〇〇円を原告の普通預金口座へ振替え入金した。

⑦ 右金三〇〇万円の手形貸付金については、昭和五九年一〇月三一日原告より返済を受けた。

⑧ 右経過より明らかなとおり、本件手形(二)(三)(四)の処理については、すべて原告と被告は協議のうえ、原告の指示ないし依頼に基づいて行ったものであり、被告には何ら債務不履行の責任はない。

2  宮崎の弁済について

(一) 原告は本件手形(一)について、宮崎から損害賠償として金一〇〇万円の支払いを受けた。宮崎及びその支払代理人は右支払いにあたって、明示の弁済充当の指定をしなかった模様であるが、本件手形四通の手形偽造に基づく宮崎の原告に対する各損害賠償債務のうち、金額が本件手形(一)の金額に一致するところから、黙示の指定があったものと解される。

(二) 仮に右弁済充当の指定がなかったとしても、宮崎の右金一〇〇万円の支払いは、不法行為に基づき同人が原告に対し負担する四個の損害賠償債務の履行としてなされたものであるところ、不法行為による損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、かつ成立の時から遅滞にあるものであるから、右四個の債務のうち本件手形(一)の手形の偽造に基づく損害賠償債務の弁済期(遅くとも昭和五九年七月三一日)がまず最初に到来することが明らかである。したがって、債務者である宮崎のために右四個の債務について弁済の利益が同じである本件の場合、右支払いは民法四八九条三号により右本件手形(一)の偽造に基づく損害賠償債務に法定充当されるものである。

(三) よって、宮崎が原告に対し負担する右本件手形(一)に関する損害賠償債務は消滅したというべきであり、原告の被告に対する損害賠償請求権はない。

3  過失相殺の主張(右主張が認められない場合の予備的主張)について

(一) 昭和五九年七月三一日に交換呈示された金額一〇〇万円の本件手形(一)については、印鑑照合に際し被告担当者に過失があったことは否定できないと思われるが、その結果被告の債務不履行に基づく損害が認められたとしても、債務不履行に関し原告に重大な過失があったからこれが斟酌されるべきである。

(二) 原告は大阪府の建具業者で組織する同業者組合で、理事長以下各理事は月一回開かれる理事会を含め月二、三回の会合に出席するのみで、原告の事務所には宮崎及び女子職員が常勤して原告の事務を処理していた。

宮崎はもと三和銀行に勤務し昭和五六年その経理手腕を買われて原告に就職したものであるが、事務局長として原告の経理、事務全般の総括責任者の地位にあり、事務はすべて同人が取り仕切っていた。同人は原告の預金、現金の管理、手形・小切手帳、記名判、本件手形に押捺された理事長印等の保管、当座のチェック等の業務を担当するほか、原告名義の手形・小切手の振出についても、届出印を押捺する以外のすべての事務を行っていた。さらに、同人は、銀行取引に関しても重大な権限を与えられ、被告からの借入、当座の開設についての交渉はすべて同人において行って来たものであって、日常の銀行取引に関しても同人がもっぱら被告大国町支店に来店し、原告理事が来店することはなかった。

(三) しかるに、原告理事長、専務理事らは、経理事務のほとんどを宮崎に任せきりにしてその監督を十分になさなかったばかりか、手形・小切手帳や記名判、右理事長印(前理事長の実印)等の管理がきわめて杜撰で、これらをチェックする体制がまったくできていなかった。しかも原告の鎌田専務理事は、日頃から宮崎の生活が派手でその人格を疑っており、同人が過去に女性問題が原因で原告に対し不始末をおかしたため、原告において同人より始末書まで徴求した事実がありながら、同人に対する監督や手形・小切手帳、右印鑑等の管理を怠り、右手形用紙および右印鑑の冒用による前記手形の偽造を防止し、または早期(手形の支払期日まで)に発見することができなかったものである。

なお、被告から原告へ毎月送付される当座勘定照合表のチェックも、右宮崎に任せ切りで理事によるチェックがまったくなされず、前記手形の決済につき担当経理士が不審をいだいたにもかかわらず、単に宮崎に問いただしたのみで事実の確認を怠ったため、その後の本件手形(二)ないし(四)の偽造を誘発したという事実もある。

以上のとおり、宮崎による手形の偽造は、原告ないし原告代表理事らの重大な過失によって発生したものであるから、この過失は被告の債務不履行による損害の発生に重大な加担をしたことになることが明らかである。

(四) さらに、民法四一八条にいう「債権者ニ過失アリタルトキ」とは、債権者自身に故意・過失があったときだけでなく、受領補助者その他取引観念上債権者と同視すべき者に故意・過失があったときも含むと解される。前記事実によって明らかにしたとおり、宮崎は、原告名義の手形・小切手の振出に関しては、原告の事務局長(経理の総括責任者)として、手形・小切手に届出印を押捺することを除きその余の一切の事務を処理していたもので、被告との当座勘定取引契約に基づいて具体的に原告名義の手形・小切手の支払委託に関する債権債務関係を発生せしめるについては、右支払委託者である原告の補助者としてこれに関与する立場にあったことが明らかであり、しかも、宮崎は、右のような立場を利用して前記手形を偽造し、当座勘定取引契約に基づく具体的な支払委託の債権債務関係を発生せしめたのであるから、これに対しては原告の補助者である宮崎がした手形の偽造が直接的な原因を与えたものといわざるを得ない。

したがって、右債務不履行に基づく被告の損害賠償責任の有無およびその金額を算定するにあたって、前記原告代表理事らの過失を斟酌するにとどまらず、宮崎の右行為を取引観念上債権者である原告と同視すべき者の有責行為として、斟酌しなければならない。

よって、本件損害の賠償については、被告の責任は免責または大巾な軽減がなされるべきである。

第三  被告の主張に対する原告の認否及び反論

一  原告は、被告の債務不履行責任がない旨の主張を強く争い、その反論として次のとおり主張する。

1  原告の本件取引における届出印影と本件偽造手形(一)に押捺された印影との差異の判別は肉眼でも極めて容易である。

2(一)  本件手形(二)ないし(四)については、被告は昭和五九年一〇月二日被告大国町支店長及び次長が原告の代表理事、専務理事、宮崎静雄らに対し、「偽造を理由として手形を返還する場合には手形交換所規則の定めるところにより、手形交換所に手形金額と同額の金員を提供するか、或いは所定の期間内に警察署等の被害届または告訴状の受領証明書等を添付してそれぞれ異議申立をする必要がある」旨説明したところ、原告代表理事らは右いずれの措置も望まなかった旨主張しているが、同日被告大国町支店において支店長より右の如き説明をされた事実は全くない。

当日、右支店長は原告の鎌田利雄、樋口四郎に対し右偽造の本件手形三通を示し、右両名が偽造である旨主張したにもかかわらず、「押捺されている記名ゴム印が、原告が保管しているものに相違ない旨確認した後、形式的にも手形の要式を備えているので預金不足の理由で不渡処分にすることになり、原告組合の信用が失墜するので落とした方がいい。不足資金は被告において貸付ける。」旨説明し、突然のことに驚いた右両名が、遅れて同支店に来た原告の副理事長高橋一男とも相談し、不渡処分を避けるため止むなく、被告主張のとおり不足資金の借入を依頼し、右支店長の呈示するままに右三通の手形と同額の小切手を発行して被告側に交付し決済したものである。

(同支店長は、この際本件手形(一)についても同額の小切手の振出を求めたが、これは手形交換について無知であった原告理事らにも如何にも不可思議な申出であったので拒絶した。)

なお、本件手形(二)については、同日の説明の際にはすでに原告の当座から落とされてしまっていて、辻褄合せをして責任を免れるために原告から小切手を発行させた疑いがある。

(二) 被告銀行側が原告理事らに対し、偽造を理由とする大阪手形交換所規則所定の異議申立について説明したのは、昭和五九年一〇月八日のことであり、原告理事らが弁護士(原告代理人)から、「偽造手形の返還については手形金と同額の提供をする必要もなく、また、被害届又は告訴状の受理証明書添付の必要もなく即刻異議申立ができる(但し、受理証明書は後刻交換日から一〇日以内に出せばよい)」旨の説明をうけて、被告銀行に被告の前記勧告説明に対し異議を申立てた際になって、初めて被告大国町支店宇喜田次長より右説明がなされたものである。

二  被告主張2の本件手形(一)の支払いにより原告の被った損害金一〇〇万円については宮崎により既に被害弁償済である旨の主張は争う。宮崎の弁済金一〇〇万円は、本件手形(二)ないし(四)の手形決済をすることとなった際の決済資金の一部で、宮崎が右借入額が決った時に同年一〇月末日限りで弁済する旨約していたものであり、本件損害金のうち右手形三通分の損害金の内金一〇〇万円分は既に減額して請求している。

三  被告主張3の過失相殺の点は全て争う。原告はその反論として次のとおり主張する。即ち、

宮崎は原告組合事務局長の名は使用していたが、原告方の事務員はわづか二名であり、被告も当座取引に際し右の事情も、また理事しか権限のない事業協同組合であることも充分確認していたものである。また手形・小切手の用紙やゴム印などは事務所に置かれていたが、実印や銀行取引印は理事長、専務理事が保管しており預けるようなことはなかったし、本件で押捺されている印は前理事長時代の普通印であって通知など通常庶務に使用されていたにすぎないのである(鎌田は前理事長時代の実印ではないかとも云っているが調査の結果前登録印でもないことが判明した。)。

従って、偽造とはいっても本件の場合は実印や真印の冒用によるような判別の困難なものではなく、また本件手形(二)ないし(四)については、宮崎も回ってくるべき手形ではなく不渡になるよう要求しているのであるから、被告も容易にチェックできたことは明らかである。

なお、宮崎は以前女性問題を起こしたことはあったが勤務上の不正行為があった訳ではなく、ゴム印や手形用紙、帳簿、伝票を事務所に置き記載事務を事務員にまかせるのは、通常の業態であって特に監視義務違反というには当たらない。

また、手形についての印鑑照合義務が問題になるケースは手形用紙や印鑑の紛失や盗用など多かれ少なかれ振出人の過失が伴うことがほとんどであるが、当座取引上の義務として印鑑照合義務が存在するのは、取引先である振出人側に仮りに取引印以外の印鑑が冒用されても銀行が支払をしないとの信頼感を持たせ、他の印鑑と銀行取引との保管方法の差異を許すことともなるのである。

従って、本件の如く取引印でもない普通の印鑑を使用した偽造の場合にも過大な過失相殺をしたのでは印鑑照合義務の意味がなくなるのではなかろうか。

以上のとおり、本件において過失相殺はさほど大きなものとは考えられず、殊に本件手形(二)ないし(四)については被告銀行の失態によって生じなくてもよい損害が発生したものであって、宮崎が原告の従業員であるというだけで直ちに過失相殺の対象とするのは失当である。

第四  証拠関係《省略》

理由

請求原因一項記載の事実のうち、原告と被告間で昭和五八年一一月八日当座勘定取引契約を締結し、被告に対し、原告振出の手形、小切手を原告の計算において被告大国町支店における原告の当座預金から支払うことを委託したこと、被告は右支払いにあたり原告届出の印影と手形の印影とを照合する義務のあること、同二項記載の事実のうち、本件手形(一)の振出人欄の印影と届出の印影が刻印文字・その大きさともに異なっている(但し、記名判は届出のものと同一)こと、被告が原告の当座預金から右手形金一〇〇万円の支払をしたこと、本件手形(二)の振出人名義が「大阪府建具組合連合会」であること、同手形の振出人欄の印影が前記届出の印影と異なっていること、本件手形(三)(四)が昭和五九年一〇月一日原告主張の各金融機関から大阪手形交換所における手形交換の方法により被告に対し支払のために呈示されたこと、右各手形事務処理の過程において、原告が他の預金から金一〇〇万円を振替えるとともに被告より金三〇〇万円を借り入れ、それぞれ原告の当座預金に入金(利息控除した金二九八万〇九〇七円の入金)したこと、原告は本件手形(三)(四)と同額の小切手を振出して右手形と引換えに右当座預金から出金したうえ、右手形二通(同手形(三)(四)。被告は同(二)についても同様と主張する。)を決済したこと、については当事者間に争いがない。

二 《証拠省略》を総合すると次の事実が認定でき(る。)《証拠判断省略》

1  原告と被告との取引関係について

(一)  原告は被告(大国町支店)との間において昭和四二年ころから現在に至るまで普通預金取引を行っているが、その間の昭和五八年一一月八日、被告は原告との間に当座勘定取引契約を締結し、原告振出の手形・小切手を被告大国町支店における原告の当座預金から支払う事務を処理して来たほか、同年一二月一九日銀行取引契約を締結して原告に対する融資をも行って来た。また、原告に関連する預金取引として「大阪府建具組合連合会」および「大阪府建具共助会」名義の普通預金口座取引をも昭和四二年ころから行って来た。

(二)  原告は大阪府の建具業者をもって組織する協同組合であり、原告の事務所には事務局長および女子職員が常勤して原告の事務を処理して来た。事務局長である宮崎靜雄こと宮崎静夫(以下「宮崎」という。)は原告の事務および経理全般の責任者として、原告代表者の指示承認(届出印は専務理事が押印)のもとに原告の預金の出し入れ、手形・小切手の振出及び借入等の銀行取引をなす権限が与えられ、その任に当って来た。

従って、原告代表者も宮崎を信頼して原告の当座預金取引や手形・小切手帳の管理、その振出等を事務局長である宮崎に行わせて来たが、原告の銀行取引に関してはもっぱら宮崎が被告大国町支店に来店し、原告の理事が自ら来店することは殆んどなかった。また、原告代表者は宮崎を信頼する余り同人保管の手形、小切手帳の保管使用状況、手形・小切手の振出、前理事長時の印鑑の回収等経理面の管理監督も十分に行っていたとはいえない状況にあった。

2  本件手形処理の経緯について

(一)  本件手形は被告主張のように昭和五九年七月三一日被告大国町支店に交換呈示され、同被告において原告の当座預金から金一〇〇万円を支払って決済した。

しかしその際、右手形振出人欄の原告の印影と原告届出の印影とは大きさ・刻印文字ともに異っていた(被告もこの点は争わない)ので、通常の取引における注意義務をもって照合すればその相違は肉眼によっても判別でき、従って右支払をすべきではなかったにもかかわらず、被告担当者は右印影の照合に際し右相違を看過して支払ったものである。

(二)  被告大国町支店は昭和五九年一〇一日被告主張の経緯により本件手形(三)(四)の交換呈示を受けた。本件手形(三)(四)の振出人欄の原告の印影と届出印影とを照合したところ原告の届出印影とは相違しており、また預金残高が不足していたので、被告大国町支店の宇喜田次長は直ちに原告事務局長の宮崎に架電し、右印鑑相違及び預金残高不足を指摘連絡した。

(三)  同日午後一時半ころ、宮崎が被告大国町支店に来店し、「本手形は振出したが支払呈示されない筈のものである。相手方に連絡して対応するが、本日中の資金手当は間に合わない。しかし明二日午前九時三〇分までに入金するからそれまで支払の猶予を願いたい。また、印鑑は理事長に伝え押し直す。」旨申し出たので、被告大国町支店においては右申出のとおりにいわゆる「握り」の方法で翌二日まで支払猶予の処理をすることとした。その際、宮崎から「実は七月三一日決済の手形も印影が届出の印影と相違しているが、今回の手形とあわせて届出印を押し直す。」旨述べたので、被告は前記手形(本件手形(一))を印影相違のまま決済したことに気付いた。そして同日夕刻には、宮崎から資金手当が完了した旨の電話連絡があった。

(四)  ところが、翌二日午前九時一五分過ぎころ、宮崎が被告大国町支店に来店し、「資金手当も届出印の押印もできなくなった。本件手形(三)(四)は原告代表者に無断で振出し知人に貸したものであり、本日資金不足で返還してほしい。」との申し出をした。これに応対した被告大国町支店の金沢支店長及び宇喜田次長は宮崎の意外な返答要望に驚き、宮崎に対し、直ちに原告代表者に連絡して来店してもらうように指示した。

(五)  被告支店長らの面前で宮崎は直ちに原告の鎌田専務理事に架電して右事情を説明し、引き続いて宇喜田次長が代って同理事に不渡返還時限が切迫しているために至急の来店方を要請した。

(六)  その後間もなく、同専務理事から「理事長とも相談して決めるが、すぐ出向く。」旨の電話連絡があり、その後の同日午前一〇時過ぎころ、原告の樋口副理事長、鎌田専務理事が来店した。その席上で宮崎は、右原告代表者らに対し前記一連の経緯を報告するとともに、「七月三一日決済の手形金についてはすでに弁済している。本日分は一〇月三一日までに全額弁済するので原告組合において一旦決済してほしい。」旨懇請した。丁度その時、本件手形(二)が被告大国町支店に交換呈示され、同手形は「大阪府建具組合連合会」の名義で振出され、しかも原告印が押捺されていたが、宮崎は同手形についても自ら勝手に振出したものであることを右原告代表者らに対し告白した。

(七)  右原告代表者らは本件手形(二)(三)(四)はいずれも宮崎が勝手に振出した偽造手形であるために原告の計算において決済されるべきでない旨述べたにもかかわらず、被告大国町支店の金沢支店長は、右手形(三)(四)はいずれも押捺されている記名ゴム印が原告が保管しているものに相違ないことを確認した後に、「形式的にも手形の要件を備え、しかも外観上も原告振出手形とみられるので、預金不足の理由で不渡処分をすると、原告の信用が失墜する。決済した方がいい。不足の資金は被告において貸付ける。」旨説明して決済を勧めた。右決済の勧めに驚いた原告副理事長樋口四郎、専務理事鎌田利雄は、遅れて来合わせた副理事長高橋一男とも相談して理事長の措置を求めた結果、宮崎が返済を約しており、また原告組合の信用を失墜させる不渡処分を避けるために止むをえないこととして決済することとし、不足資金については被告から借り受けることとした。

(八)  被告大国町支店長らは原告に対し右決済資金として金三〇〇万円の手形貸付を行うこととし、返済日については原告代表者が宮崎に再度原告への弁済期日を確認したうえ、同年一〇月三一日と定めた。

そこで、被告は原告代表者らより借入申込書および前記手形を徴求したうえ、原告に対し返済期日を同年一〇月三一日と定め金三〇〇万円の手形貸付を行い、返済期日までの利息金を控除した金二九八万〇九〇七円を原告の当座預金に入金した。

次に、右三通の手形の決済方法として、原告は各手形金額と同額の小切手を振出し、これを右手形と引き換えに原告の当座預金から決済した。

(九)  なお、右決済資金については、右貸付金のほか、大阪府建具共助会会長安藤一男」名義の普通預金口座から金一〇〇万円を原告の当座預金口座へ入金して処理した。また、「大阪府建具組合連合会会長酒井康雄」名義の普通預金口座から金四二万八〇〇〇円を原告の普通預金口座に振替入金した。

(一〇)  右金三〇〇万円の手形貸付金については、被告は昭和五九年一〇月三一日原告より返済を受けた。

また、原告事務局長の宮崎静雄は昭和五九年一一月一日原告に対し同人が原告に与えた手形偽造による損害金の一部弁償として、しかもいずれの偽造手形の損害かは充当の指示をすることなく、金一〇〇万円を弁済した。

(一一)  他方、被告は、被告大国町支店長が昭和五九年一〇月二日原告代表者らに対し、「手形額面と同額の異議申立金を提供するか、右金員を提供しない場合には所定の期間内に警察署等の被害届又は告訴状の受理証明書等を添付して異議申立をする必要がある」旨大阪手形交換所規則所定の異議申立手続の説明をして原告の指示を求めた旨主張するが、被告側が原告に対し右説明をしたのはその後のことであり原告理事らが原告代理人から、「偽造手形の返還については手形金と同額の金員提供の必要はなく、また、被害届又は告訴状の受理証明書添付の必要もなく即刻異議申立ができる(但し、受理証明書は交換日から一〇日以内に出せば足りる)」旨の説明を受け、被告の前記説明勧告に抗議した際に、被告大国町支店の宇喜田次長よりはじめて右説明を受けた。

三 被告の負担

前記二の事実によれば、被告は債務不履行の責任を免れえない。

1  本件手形(一)の支払について

本件当座勘定取引契約においては、少なくとも日常的な手形、小切手の取引は原告届出の取引印のみで行う趣旨であったということができるから、被告が右取引印の押捺されていない本件手形(一)の支払をしたことは、本件当座勘定取引契約に基づいて原告に対し負担する前記債務の不履行にあたり、しかも被告担当者において右支払に際して右手形上の振出人欄の原告の印影と前記届出の取引印影とが大きさ・刻印文字ともに異なり、通常の取引における印影照合上必要とされている注意義務を尽くせば肉眼でもその判別が容易にできたのにこれを看過したのであるから、右債務の不履行について被告に過失のあったことは否定できない。

2  本件手形(二)(三)(四)の支払について

本件手形(二)(三)(四)については、手形交換により交換呈示された手形であり、しかも被告は当座勘定取引契約の履行として右手形の処理を行うものであるから、これが処理に当っては手形交換所規則(細則も含む)所定の手続に精通し同手続に従って適切に手形の決済、返還、異議申立等を行うべき義務があり、とりわけ本件手形(二)(三)(四)は偽造手形であることが明らかとなり原告代表者らも偽造手形としての不渡(返還)処理を求めている、とりわけ本件手形(二)は振出人名義が原告とされていないのであるから、たとえ原告に預金不足の事由があったとしても、本件手形(二)については勿論のこと、その他の本件手形(三)(四)についても同手形交換所規則五一条一項及び施行細則六五条四項、六七条によって異議申立手続をし右手形を返還し原告の損害を未然に防止(同規則及び細則の昭和六〇年六月三日の改正前においてもできる)すべきであり、原告には直ちにまず右異議申立手続をとるように適切な指示説明をすべきであったのに、同年一〇月一日は宮崎の懇請によりいわゆる「みなし」、「握り」の処置をとって原告代表者への連絡もしないまま放置し、翌二日においても預金不足による不渡処分を回避するために決済すべきことのみを勧めるという誤った指示勧告をしたのであるから、被告は本件当座勘定取引契約に基づいて原告に対し負担する前記債務をその本旨に従って履行したものとはいえない。しかも、被告は右指示説明に際しては右交換所規則所定の処理手続に精通するか、或いはそうでない場合には、照会調査等をし交換呈示された手形の処理に遺漏のないようにすべきであるのに本件においては右照会調査等もしていない。また、被告が右指示説明をしたことにつきこれをやむをえないこととして容認すべき相当の事由も認められない。

してみると、被告側に右債務不履行につき落度のあったことも否定できないところである。

四 原告の損害

前記二の事実によれば、原告は被告による本件偽造手形四通の支払いにより合計金四八七万五〇〇〇円の損害を被ったものといわざるをえない。

因に、原告の右支払いに際し、「大阪府建具共助会」の普通預金口座からの金一〇〇万円、また「大阪府建具組合連合会」の普通預金口座からの金四二万八〇〇〇円が一時的にではあるがそれぞれ右支払いにあてられているが、これらはいずれも右「大阪府建具共助会」、「大阪府建具組合連合会」において負担すべき筋合いのものではないので、原告において補填しなければならないものであり、これらの支払分についても原告の損害と解することができる(被告においても特にこれが原告の損害でないとして争うものではない)。

しかし、原告はその後宮崎より被害弁償金の一部として金一〇〇万円の支払いを受けたのであるから、結局、原告は金三八七万五〇〇〇円の損害を被っているものといえる。

なお、宮崎は右金一〇〇万円の被害弁償の充当につき特に何れの損害分かを特定していないが、右充当につき特段の事情の窺えない本件(被告主張の法定充当も弁済者及び受領者の意思に反し相当ではない)においては、同支払は原告の被った全損害の内入弁済として行われたものと解するのが相当である。

五 過失相殺

前記二の事実によれば、原告の代表者が事務局長の宮崎を信頼し同人の指導監督、とりわけ手形・小切手の振出と前理事長時の届出印鑑の管理等に関し十分な管理監督を尽くさなかったことが宮崎に本件偽造手形の振出を許容する一因となったことは否定できないが、更に、宮崎は原告代表者の指示承認のもとにではあるが原告名義の手形・小切手の振出と預金の出入等経理面に関し一切の事務を処理していたもので、本件当座勘定取引契約に基づいて具体的に原告名義の手形・小切手の支払委託に関する債権債務関係を発生せしめるについては、右支払委託者である原告の補助者としてこれに関与する立場にあったことが明らかであり、しかも宮崎は右のような立場を利用して本件手形・小切手を偽造し、本件当座勘定取引契約に基づく具体的な支払委託の債権債務関係を発生せしめたのであるから、被告においては本件手形の支払をしたことが本件当座勘定取引契約上の債務不履行にあたり、かつそれについて被告に過失があったことは免れえないとしても、これに対しては原告の補助者である宮崎がした本件手形の偽造が直接的な原因を与えたものといわざるをえず、したがって、被告の右債務不履行に基づく損害賠償責任の有無およびその金額の算定にあたっては、原告代表者の右監督責任の不十分であったことに加えて、損害の公平な分担という観点からも宮崎の右行為を取引観念上債権者である原告と同視すべき者の有責行為として斟酌しなければならないものと解するのが相当である。

してみると、被告の過失相殺の主張について判断するに当っては、原告側の右のような責任事由を斟酌して原告が被った損害額三八七万五〇〇〇円のうち五割を減額するのが相当であり、結局原告が被告に対し本件偽造手形の支払いにより被った損害の賠償として請求しうる金額は一九三万七五〇〇円となる。

六 結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、原告が被告に対し金一九三万七五〇〇円およびこれに対する損害発生後の昭和五九年一〇月三日から支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容することとし、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小林一好)

<以下省略>

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